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仙台地方裁判所古川支部 平成4年(ワ)34号 判決 1995年11月20日

宮城県栗原郡<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

小高雄悦

東京都中央区<以下省略>

被告

西友商事株式会社

右代表者代表取締役

東京都目黒区<以下省略>

被告

Y1

右被告両名訴訟代理人弁護士

片岡剛

右同

稲澤宏一

主文

一  被告両名は、連帯して、原告に対し、金一四五九万円及びこれに対する平成四年一月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告両名の、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨(原告)

1  被告らは、連帯して、原告に対し、金二五一二万〇一八六円及びこれに対する平成四年一月一〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、株式会社a工業に勤務する会社員である。

被告西友商事株式会社(以下「被告会社」という。)は、穀物、砂糖、ゴム等の商品の取引市場における売買及び取引の受託を業とする会社であって、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所、東京砂糖取引所等に所属する商品取引員であり、被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、原告と被告会社が取引関係を有していた当時の被告会社仙台支店長である。

2  原告と被告会社との取引の経過

(1) 平成三年五月七日、被告会社営業部社員である訴外B(以下「訴外B」という。)から原告に対し、不特定の者に対してのものと思われる商品取引への勧誘の電話があり、執拗な勧誘を受けたが、原告は一方的に電話を切り、その勧誘を拒絶した。

翌五月八日、訴外Bは突然原告の勤務先を訪れ、原告に対し、言葉巧みに商品取引への勧誘を行ったが、原告はこのときもその勧誘を断わった。

(2) 被告Y1は、翌五月九日、原告の勤務先に電話をかけ、仕事中であった原告に対し、約二時間以上もの間執拗に商品先物取引を行うよう勧誘した。その際、被告Y1は原告に対し、白金が「現在考えられないくらいの安値で、しかも今上昇相場にあり、今日が特に買い場である。一回だけでも騙されたと思ってつき合ってください。二〇〇円以上の上値は確実です。」「契約前の取引でも支店長という権限でさせていただきますから、どうか二〇枚だけの注文でも入れてください。とりあえず立ち会わなければならないのでウンとだけ言ってください。一回だけの勝ち逃げでもかまいませんから。」等と、原告との間でなんら商品先物取引契約を締結していないのに注文のみを受けようとし、さらに注文を出すことにより原告が利益を得ることが確実であるかの判断を示して強硬に原告から商品先物の注文を取ろうとした。

原告は、被告Y1からの右勧誘に結局根負けし、「損を絶対させないならよい。」として二〇枚の白金先物注文を電話で行ってしまった。

すると、原告の近くまで来ていたとする訴外Bが、被告Y1の電話と入れ替わるかのように原告のもとに来、直ちに書類を作成し、原告からの注文を正式に受けていった。

(3) 右取引から一〇日も経たないうちに、原告の担当者であるという被告会社営業部副課長C(以下「訴外C」という。)は原告に対し「白金が暴落しており、追証が必要になるから両建しておきましょう。」等と注文の勧誘をし、追証の必要性、両建の意味等について理解していなかった原告に無意味な取引を勧めて取引をさせた。

その後も、訴外Cは、商品取引所規則で定められている三ヶ月の保護育成機関の規定を無視し、取引開始後三ヶ月を経過していない原告に対し、原告の損失をカバーするためと称して、同年五月二〇日には、二〇枚の両建による合計四〇枚の注文を受け、次第に原告を過大な取引に取り込んでいった。

また、訴外Cと被告Y1とは、原告に対してそれぞれ異なる相場の見方を示して、商品相場について的確な判断力を有しない原告の判断を誤らせて無意味な売買を数多く反復させ、さらに原告が被告Y1らの判断に従わないときは「自分一人でやったらよい。多大な損害をカバーできなくても知らない。」等と脅迫的言辞を用いて注文を出させる等し、短期間に極度に取引を拡大させていった

(4) 平成三年六月一七日ころ、原告は被告Y1に対し、それまでに被告会社に預託した金額が既に六〇〇万円以上に達していたことから取引を手仕舞したいと申し出たところ、被告Y1はこれに応ぜず、土下座して謝ってみせる芝居をした上「必ず私がこれまでの損を取り戻させてやるから、私がやるからには安心してください。」等と原告に確定的利益判断を示して取引を継続させ、さらに脅迫的言辞を用いて取引を拡大させていった。

さらに、被告Y1は、同日、原告がなんら注文を出していないのに、銀七枚の無断取引を行っている。

(5) その後も、被告Y1や訴外Cは、ことあるごとに原告に確定的な利益判断を示して、手数料を稼ぐ目的で無意味な取引を反復させた。その取引の経過は、別紙取引経過表記載のとおりである。

(6) 原告は、被告会社に対し、委託証拠金、委託追証拠金名下に、合計金三一三八万四七二二円を支払っている。その経過は、別紙支出経過表記載のとおりである。

(7) 原告は、被告会社から、平成三年八月八日に金五〇〇万円、同年一一月一五日に金四七二万七二五八円、平成四年一月一四日に金三三万七二七八円の合計金一〇〇六万四五三六円の返還を受けている。

3  商品先物取引の特質

商品先物取引は極めて危険性の高い商取引である。すなわち、商品先物取引は、現実売買と異なり、将来への見通しを必要とする投機であることをその本質としているところ、その価格変動要素は極めて多様であり、その価格変動に関する情報源も極めて多様であるうえ、得られた情報を的確に把握し分析するためには相当高度な知識と経験とを要し、かつ、予測は一時点のものでは足らず、常に継続してしなければならず、決して仕事の片手間でできるというものではない。さらに、商品先物取引においては、株式等と異なり、取り引きした商品を、一定の期限(限月という。)までに必ず処分しなければならず、転売、買い戻しが強制されるうえ、当該商品代金総額の一割程度の委託証拠金により大量の売買が可能であることから、相場変動は小さくとも、顧客の損得の変動は著しく、損失は委託した補償金の限度に制限されず拡大する。

以上のような商品先物取引の特殊性、危険性からすると、一般の消費者が片手間に商品先物取引に参加するのはおよそ不適切であり、参加適格者としては、先物取引の仕組み、危険性を十分理解判断できる知識能力があること、損失によって生活基盤を脅かされないだけの資力があることが最小限度必要であるといいうる。

しかして、一般消費者は、すすんで商品先物取引に参加することはほとんどなく、大部分は自らの利益を追求する取引業者の商品取引員による勧誘によって参加させられるところ、このような場合、取引業者において、先物取引に参加しうる適格者であるかどうかのチェックをし、不適格者を自ら排除すべき義務があるというべきである。

同様に、前記のような商品先物取引の特殊性、危険性からすると、先物取引業者とその勧誘によって先物取引に参加した一般消費者との関係においては、先物取引業者がより重い注意義務を負っているというべきである。

4  被告会社営業員の原告に対する営業活動の違法性

Ⅰ 不当な勧誘行為

(1) 無差別電話勧誘

電話による取引勧誘行為については、平成元年一一月から実施されている全国商品取引所連合会制定の「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(以下「指示事項」という。甲第一二三号証。)においては明記されていないが、それ以前の旧「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」においては、「新規委託者の開拓を目的として、面識のない不特定多数に対して無差別に電話による勧誘を行うこと」が禁止されており、指示事項においても、同様の態様の電話による勧誘は、「社会通念上、相手方の迷惑となる非常識な勧誘」に含まれるものとして禁止されている。また、全国商品取引員協会連合会が平成元年九月に定めた「受託業務に関する協定」(以下「協定」という。甲第一二三号証。)第一条においても勧誘の節度として規定されている。

電話による勧誘は、掛けて側からする一方的な行為であり、電話を受けた相手方の生活の平穏、プライバシーを侵害する危険性がある。右規制は、このような受けて側の利益を保護し、併せて、取引をするかどうかを決するに際し、冷静で合理的な判断の機会を保護しようとする趣旨である。

前記2の(1)及び(2)の訴外B及び被告Y1による電話での勧誘は、明らかに「相手方の迷惑となる非常識な勧誘」であり、違法である。

(2) 危険性の告知義務違反

先物取引は、委託保証金の何倍もの金額の取引ができることから、損をした場合の額が大きくなりがちであり、また委託手数料が高額なのに対して顧客が儲る可能性は取引を続けるに従って小さくなるものであって、財産喪失の可能性が極めて高い危険な取引である。したがって、業者においては、先物取引の危険性について十分理解している人でなければ取引に参加させてはならないというのは当然のことである。(前記協定第四条)

しかるに、訴外Bは、委託契約締結の際、単に受託契約準則、危険開示告知書等を「読んでおいてください」といって交付しただけで、先物取引の「投機的本質についての危険開示」は全くなさず、前記協定に違反する勧誘行為を行った。

また、原告はこれまで投機的な商取引の経験は全くなく、そのことは被告会社の担当者も認識していた。また、原告は被告会社担当者に対し、定期性預金が三〇〇万円未満しかないことを最初から明らかにしていた。

したがって、遅くとも同年五月二〇日の時点で、原告の貯金が底をつき、以後借入金等によって資金を調達せざるを得ない状況であることは、被告会社担当者において十分理解していたはずである。

(3) 断定的判断の提供(商品取引所法(以下「法」という。)九四条一号、二号違反)

被告Y1は、原告に対し、前記2(2)記載のとおり、電話にて、白金相場について、利益を生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘した。そして、被告会社担当者は、その後も、原告に対し、同種の断定的判断提供を繰り返している。

(4) 受託契約締結前の書面の不交付

東京工業品取引所の定める「受託契約準則」(以下「準則」という。甲第一二四号証、乙第一一号証。)第三条は、契約締結に先立って、顧客に対し、準則を記載した書面等を交付すべきことを定めているが、前記のとおり、被告Y1は、右の書面等を原告に交付する前の時点で、電話により原告から取引を受託し、右条項に違反する取引行為を行っている。

Ⅱ 売買にあたっての禁止事項違反

(1) 建玉制限違反(新規委託者保護管理規定違反)

指示事項2(1)は「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に売買取引を勧めること」を「不適正な売買取引行為」として「厳に慎むこと」と定め、これを受けた被告会社制定の「受託業務管理規則」は、新規受託者に対しては三カ月間の保護育成期間(習熟期間)をもうけ、この期間内は原則として二〇枚以下の建玉取引しかできないこととしている。これは、先物取引の複雑性、危険性から、顧客においていつでも取引が止められるよう、あるいは知らないうちに外務員の勧誘により過大な取引に及ぶことがないようにとの考えからの、顧客保護のための制約である。

しかるに、被告会社担当員である訴外B、訴外Cらは、原告に対し、最初の取引日(五月九日)の右制約の限度一杯の白金二〇枚の買建玉を受けたにもかかわらず、同月二〇日に白金二〇枚の売建玉を行わせ、さらにそのわずか一〇日後の同月三〇日と三一日に白金各一〇枚ずつの売建玉を行わせ、合計六〇枚もの取引を行わせている。

(2) 両建制限違反

指示事項2(2)は、不適切な両建を禁止している。その理由は、両建は取引業者にとっては、新たな証拠金を受け取り、かつその分の手数料収入得ることになる反面、顧客にとっては、両建により利益を出す可能性は小さく、かつ、二倍の手数料を払わされることになるばかりでなく、正常な損得判断を誤らされる可能性があるからである。さらに、社団法人全国商品取引連合会発行の商品取引外務員の教科書的書籍(甲第一一九号証四七頁)において、「両建処理は、端的に言えば、ほぼ決定的となった損失額を後日に繰り越すに過ぎない消極的手段であって、局面の好転をはかることは至難に近いことであるから、未熟な委託者に対してとるべき方法ではなく、むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説得指導すべきである。」と指摘されている。

しかるに、訴外Cは、原告に対し、取引開始直後の同年五月二〇日の時点で、両建のアドバイスを行い、両建取引をさせており、これは前記禁止事項に違反するものである。

(3) 無意味な反復売買(ころがし)

指示事項2(1)は、委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な売買取引を勧めることを禁止している。無意味な反復売買は、顧客の損失の犠牲の上にもっぱら取引業者の委託手数料かせぎのために行われるものであって、売買委託の受任者としての善良な管理者としての注意義務を怠った行為であることが明らかであり、禁止されて当然である。

別紙取引経過表記載の取引経過に照らして、被告会社担当者の勧誘により無意味な売買が反復されていることが明らかである。

(4) 無敷

準則九条は、商品取引員が顧客から委託証拠金を預からないまま取引の委託を受けることを原則として禁止し、遅くとも翌営業日の正午までには預かることを義務づけている(右に違反する取引を無敷という。)。明日の価格変動さえ予測が困難な商品取引の世界において、商品取引員が委託者から証拠金の預託を受けないまま自己のリスクにおいて取引をすることは、自社の経営基盤を脆弱化し、ひいては委託者に不測の損害をもたらすおそれがあり、反面、顧客に対しては、委託証拠金を出捐させることによって、常に自己の資金量との関係で取引のリスクを認識させる効果も期待している。

しかるに、被告会社担当者である被告Y1、訴外Cらは、原告において資金の調達ができないことから度々証拠金の入金が遅れ、入金が確認されていないにもかかわらず、注文を受け、後日強硬にその支払いを求めるということを何度も繰り返していた。

(5) 無断売買

訴外Cは、平成三年六月一七日、原告に無断で銀の新規買玉七枚を注文している(別紙取引経過表番号58)

(6) 担当外務員の不必要な交代

訴外Cは六月四日に、それまでの白金売玉の手仕舞を勧める一方、白金二七枚の新規買玉を勧め、同月六日にも同じく白金六枚の買玉を勧め、その注文を受けているところ、被告Y1は、同年一〇日、訴外Cの右判断が間違っているとして、右六月四日の白金二七枚の内の二三枚を手仕舞させ、新たに銀四一枚の買玉を勧め、その注文を受けている。

右担当者の交替は、被告Y1が取引を拡大させるために故意に行っているものであり、しかも、被告Y1は、原告と従前の担当者訴外Cとが接触しないように方策を講じている。右のごとき、被告Y1の行為は、指示事項3(1)において禁止されている「担当外務員を不必要に交替するなど、委託者との信頼関係を損なうこと」に該当する違法な行為である。

(7) 仕切拒否

原告は、平成三年六月一七日、訴外Cが無断売買したことや委託証拠金が既に六〇〇万円近くになっていたこと等から取引継続に危険を感じるようになり、被告Y1に対して建玉全部の手仕舞を指示したが、同被告はこれに応じなかった。

原告は、同月二五日、ゴムが値下がり傾向にあると指摘されていたことから取引を縮小するため、売玉の手仕舞を訴外Cに指示したが、同人はこれに応じなかった。

原告は、同年七月一〇日、白金の手仕舞を被告Y1に申し出たが、同被告は、白金の手仕舞自体には応じたものの、直ちにゴムの建玉を強硬に勧め、結果的に建玉の手仕舞に応じることがなかった。

原告は、同年九月一七日から取引を縮小しようと考え、被告Y1及び訴外Cに対し、売玉と買玉が同数になるように買玉を手仕舞して減らすよう指示したが、被告Y1らはこれを拒否した。

原告は、同年一〇月二日、被告従業員訴外Dからゴムの売玉を増やすよう勧誘された際、これを断り、逆に買玉を仕切るように提案したのであるが、同人は、仕切った代金で直ちに売玉を建てる等して建玉数を維持するよう強く勧めるだけで、原告の申し出には応じなかった。

原告は、同月二〇日、被告Y1に対し、建玉全部の手仕舞を指示したが、同被告は理由なくこれを拒否した。そのため、原告は、これまで担当したことのない被告会社従業員に強硬に手仕舞を指示したところ、ようやく同月二五日頃までに大方の取引を手仕舞することができた。しかし、大豆オプション取引については、原告の請求にもかかわらず最後まで手仕舞を拒否し、原告代理人から損害賠償を求める内容証明郵便が送達されてようやくこれに応じたのであった。

5  不法行為責任(一次的)

(1) 被告会社の責任

被告会社は、民法七一五条一項本文により、被告Y1、訴外B、訴外C等被告会社従業員の使用者として、責任を負っている。

(2) 被告Y1の責任

被告Y1は、本件取引当時、被告会社仙台支店長の地位にあり、仙台支店の責任者であった。したがって、被告Y1自身の勧誘行為等の違法行為について責任を負うことはもちろんのこと、その監督下にあった訴外C、同Bらの仙台支店の営業員らの違法な勧誘行為等による損害についても、代理監督者あるいは共同不法行為者として、その責任を負うべきである。

6  債務不履行責任(二次的)

被告両名は、原告との商品先物取引契約に従い、誠実にその業務を行うべき義務を負っていたにもかかわらず、前記のとおりの違法な行為を行ってその義務に違反し、債務の履行を怠ったため、原告は前記のとおりの損害を受けたものである。

7  損害

(1) 取引上の損失

前記のとおり、原告は、被告会社に対し、委託証拠金、委託追証拠金名下に、合計金三一三八万四七二二円を支払っているのに対し、原告が被告会社から返還を受けているのは金一〇〇六万四五三六円である。

したがって、右の差額金二一三二万〇一八六円が、原告が被告らとの間の取引行為により直接被った財産的損失である。

(2) 慰謝料

原告は、前記のとおり、被告らの違法行為により多額の財産的損失を被ったばかりでなく、妻との離婚等の家庭的崩壊に追い込まれる等多大な精神的苦痛を被っており、右苦痛を慰謝するためには少なくとも金八〇万円の支払いをもって充てるのが相当である。

(3) 弁護士費用

本訴請求は、専門家である弁護士に依頼しなければなしえないものであるところ、本訴請求の特殊性、複雑性等に鑑みると、被告らの不法行為と原告が原告代理人に支払う弁護士費用のうちの金三〇〇万円との間には相当因果関係が認められるというべきである。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2について

同2(1)のうち、平成三年五月七日、被告会社営業部社員である訴外Bから原告に対し、電話にて商品取引への勧誘がなされたこと、翌五月八日、訴外Bは原告の勤務先を訪れ、原告に対し、商品取引への勧誘を行ったことは認めるが、その余は否認する。

同(2)のうち、同月九日に被告Y1が原告の勤務先に電話をかけたことは認めるがその余は否認する。

同(3)のうち、訴外Cが原告に対し、白金が値下がりしているため両建を勧めたところ、原告がこれに応じて両建をした事実、その後原告は、同年五月二〇日、二〇枚の両建による合計四〇枚の注文をした事実は認めるがその余は否認する。

同(4)のうち、平成三年六月一七日ころの原告の被告会社への預託した金額が既に六〇〇万円以上に達していたことは認めるが、その余は否認する。

同(5)のうち、原告と被告会社との取引の経過が、別紙取引経過表記載のとおりであることは認めるが、その余は否認する。

同(6)及び(7)の事実は認める。

3  同3について

すべて争う。

4  同4について

Ⅰ(1)について

指示事項において、「社会通念上、相手方の迷惑となる非常識な勧誘」が禁止されていること、協定においても同様の規定が存在することは認めるが、その余は否認ないし争う。

訴外Bは、「○○市内の企業の管理職以上」という基準で原告を選択し、電話をかけたのであって、無差別の架電ではない。仮に無差別的であったとしても、原告は後日訴外Bが訪問した際面談に応じていることからして、原告に多大な迷惑をかけた著しく不相当な電話勧誘とはいえない。なお、現在、「新規委託者の開拓を目的として、面識のない不特定多数の者に対して無差別に電話による勧誘をおこなうこと」を禁止する規定は存在しない。

Ⅰ(2)について

否認する。

訴外Bは、原告に対し、「商品先物取引委託のガイド」(甲第一号証)に従って商品先物取引についての詳細な説明を行っており、更に危険開示告知書(乙第一一号証一一頁)を交付するとともに声を出して読み上げる等しており、商品先物取引の危険性についての十分な説明も行っている。

Ⅰ(3)について

否認する。

断定的判断の提供が禁止されているのは、委託者が商品先物取引の投機的本質を誤解することを防止することにあるところ、原告は訴外Bとの面談等によって商品先物取引の投機的本質を理解していたものと思料されるのであるから、違法とされるような断定的判断の提供はありえない。

Ⅰ(4)について

準則第三条が、契約締結に先立って、顧客に対し、準則を記載した書面等を交付すべきことを定めていることは認めるが、その余は否認する。

Ⅱ(1)について

指示事項2(1)において原告指摘の定めがなされていること及び被告会社制定の受託業務管理規則が、新規受託者に対しては三ヶ月間の保護育成期間(習熟期間)をもうけ、この期間内は原則として二〇枚以下の建玉取引しかできない旨定めていること、被告会社担当員の勧めにより、原告が、最初の取引日(五月九日)に白金二〇枚の買建玉を行い、同月二〇日に白金二〇枚の売建玉を、さらに同月三〇日と三一日にそれぞれ白金各一〇枚ずつの売建玉を行ったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

右指示事項等には例外があり、一定の方式により総括責任者の許可があったときは、二〇枚を越えて受託できるものとされているところ、原告との取引においては、右許可がなされている(乙第一五号証)。

なおかつ、右規則等は、被告会社の内部規定であって、委託者との法律関係を律するものではないので、これに反することが直ちに違法と目されるべきではない。

Ⅱ(2)について

甲第一一九号証に、原告指摘の記載があること、訴外Cが、原告に対し、同年五月二〇日の時点で、両建のアドバイスを行い、原告がこれに応じて両建取引をおこなったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

原告が両建取引を行ったのは、原告自身の自主的判断の結果であり、訴外Cのアドバイスは何ら違法とはいえない。

Ⅱ(3)について

原告と被告会社との取引の経過が別紙取引経過表記載のとおりであることは認めるがその余は否認ないし争う。

原告と被告会社との取引は、その品目ごとの取引回数、取引内容に照らし、いわゆる過当取引(委託手数料を得ることを目的として、不必要な売買を頻繁に繰り返させ、委託者に損害を被らせること)に当たらないことは明らかである。

Ⅱ(4)について

準則九条が、商品取引員が顧客から、委託証拠金を預からないまま取引の委託を受けることを原則として禁止し、遅くとも翌営業日の正午までには預かることを義務づけていることは認めるが、その余は否認ないし争う。

準則九条の右定めは、委託者の義務を定めているものであって、右義務違反による不利益は商品取引員に帰するのであるから、これに違反する取引員の行為を違法とすることはできない。

Ⅱ(5)について

訴外Cが、平成三年六月一七日に、原告の名前で銀の新規買玉七枚を注文したことは認めるが、原告に無断であったとの点は否認する。

訴外Cは原告の依頼に基づき注文を出したものであり、このことは、原告はその日のうちに売買の事実を知りながら、強力な抗議等しておらず、同月二〇日にも何の留保もなく右銀の手仕舞をしていることからも明かである。

Ⅱ(6)について

訴外Cが、六月四日に、それまでの白金売玉の手仕舞を勧める一方、白金二七枚の新規買玉を勧め、同月六日にも同じく白金六枚の買玉を勧め、その注文を受けていること、被告Y1は、同年一〇日、右六月四日の白金二七枚の内の二三枚の手仕舞及び新たに銀四一枚の買玉を勧め、その注文を受けていることは認めるがその余は否認ないし争う。

Ⅱ(7)について

すべて否認ないし争う。

5  同5について

(1)のうち、原告主張のとおりの金員が原告から被告会社に支払われており、原告主張のとおりの金員が被告会社から原告に返還されていることは認めるが、その余は否認ないし争う。

原告が莫大な損失を被った最大の原因は、偏に、本件取引当時急激に白金またはゴムの相場が下落したことにある。このことは、被告会社の取得した手数料額を見ても明らかである。すなわち、本件において、原告は合計金一一八六万八五〇〇円の利益を得たが、合計金二一九一万六二〇〇円の損失及び合計金一〇九二万六二二〇円の手数料を負担した。その他取引所税、消費税等を差し引くと、原告の実損額は合計金二一三二万〇一八六円となるが、これに占める手数料額の割合は約五一パーセントに過ぎないのである。

(2)、(3)はすべて否認ないし争う。

6  同6について

同6はすべて争う。

三  抗弁(過失相殺)

原告は、本件当時満二九歳で株式会社a工業の工場長という職にあった者であり、社会的にも経済的にも経験能力に富んでいた者であるところ、訴外Bは原告に対し、取引開始前の時点において、会社案内等のパンフレットを交付し、併せて商品先物取引委託のガイド(甲第一号証)並びに受託契約準則及び危険開示告知書(乙第一一号証)を交付して、商品先物取引を初めて行う者が理解しておくべき事項の説明を行うとともに、商品先物取引の危険性について告知した。また、その後の取引の経過においても、原告において、いつでも解約できるにもかかわらず解約せず、取引を継続してきたのは、利益を得ることを積極的に望み、損金の確定を免れ、挽回したいとの原告自身の取引姿勢によるものである。

以上のような事情に鑑みれば、損害の発生及び拡大を招いた原告自身の過失は重大であり、万一、被告らに不法行為責任もしくは債務不履行責任が認められるとしても、過失相殺として損害額の八割を減額すべきである。

四  抗弁に対する認否

すべて否認ないし争う。

前記主張のとおり、被告らは、商品先物取引について全く知識経験を有しない原告を、甘言を用いて巧妙に取引に引き込んだものであり、いつでも解約できたはずというのは、当時の状況からして原告に不可能を強いるに等しい。過失相殺は認められるべきではない。

理由

一  請求原因1について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因2について

請求原因2のうち、平成三年五月七日、被告会社営業部社員である訴外Bから原告に対し、電話にて商品取引への勧誘がなされたこと、翌五月八日、訴外Bは原告の勤務先を訪れ、原告に対し、商品取引への勧誘を行ったこと、同月九日に被告Y1が原告の勤務先に電話をかけたこと、訴外Cが原告に対し、白金が値下がりしているため両建を勧めたところ、原告がこれに応じて両建をしたこと、その後原告は、同月二〇日、二〇枚の両建による合計四〇枚の注文をしたこと、同年六月一七日ころの原告の被告会社への預託した金額が既に六〇〇万円以上に達していたこと、原告と被告会社との取引の経過が、別紙取引経過表記載のとおりであること、原告が被告会社に対し、別紙支出経過表記載のとおり金員を支払っていること、被告会社が原告に対し、原告主張(請求原因2の⑦)のとおりの金員を返還していることは当事者間に争いがなく、右争いのない事実と関係各証拠(項末尾に掲記)によれば以下の事実を認めることができる。

1  原告は、高校卒業後間もなく、義理の叔父の経営する株式会社a工業に勤務するようになり、平成三年五月当時は同社の東北工場長の地位にあった。これまで、一度だけ叔父の勧めで数社の株式を購入したことがあったが、商品先物取引の一度も経験はなかった。原告の平成三年分の年間給与所得は七七三万八〇〇〇円であり、預貯金は合計約三〇〇万円であった。なお、原告は、平成五年五月に同社を退職している。

(原告本人尋問の結果、甲第一二五号証)

2  平成三年五月七日、被告会社営業部社員である訴外Bから勤務先にいた原告に対し電話があり、商品先物取引への勧誘がなされたが、原告は、このときは勧誘を断わり、電話を切った。

翌五月八日、訴外Bは予告なく原告の勤務先を訪れ、原告に対し、商品先物取引への勧誘を行ったが、原告はこのときもその勧誘を断わった。その際、訴外Bは、被告会社発行の「商品先物取引-委託のガイド」と題する冊子及び「金・銀・プラチナ」と題するパンフレット等を置いていった。右パンフレットには、銀は一七年ぶりの安値であり買場である等の記載があり、商品先物取引への参加を慫慂するものであった。

(原告本人尋問の結果、甲第一号証、第一二九号証)

3  被告Y1は、翌五月九日、原告の勤務先に電話をかけ、仕事中であった原告に対し、約二時間以上、白金の商品先物取引を行うよう勧誘した。

これに対し、原告は、最終的には被告Y1からの勧誘に応ずることとし、二〇枚、一二六万円の白金先物買注文を電話で行った。(後に作成された「売買報告書及び売買計算書」によれば、限月平成四年四月、総約定金額一八六〇万円となっている。)

間もなく、原告の近くまで来ていたとする訴外Bが原告のもとに現れ、原告に対し、約諾書への署名及び「アンケートカード」と題する書面への記入を求め、原告はこれに応じた。その際、訴外Bは、原告に対し、「受託契約準則」と題する冊子(この中に「危険開示告知書」が綴じられている。)等を交付するとともに、右冊子の一部分について口頭の説明を行った。しかし、危険開示告知書自体については口頭の説明は行われなかった。原告は、同日中に郵便局の自分の貯金口座から引き落としていた金一二〇万円を含む金一二六万円を委託証拠金として訴外Bに交付した。

原告は、前記アンケートカードにおいて、これまで商品取引及び追証拠金制度についていずれも理解できた旨回答するとともに、商品取引、株式取引の経験はなく、債権・信託もなく、財産として三〇〇万円未満の定期性預金があるのみである旨回答している。

(原告及び被告Y1各本人尋問の結果、甲第二号証、第六号証、第一二一号証、第一三一号証の一、二、乙第一、第二号証、第一一号証、第一三号証)

4  同年五月二〇日、訴外Cは原告に対し、電話にて、白金が暴落しており、このままでは追証が必要になること、両建にすれば委託証拠金は必要であるが、さし当り追証は不要であるとして、両建することを勧めたところ、原告もこれを了承し、白金二〇枚の売注文を出した。(後に作成された「売買報告書及び売買計算書」によれば、限月平成四年二月、総約定金額一八二一万円となっている。)同日、訴外Cは原告の勤務先を訪れ、委託証拠金一二六万円を受領した。右金員は姉等から借入して用意した。

なお、同日付で、被告Y1らにより作成されている「委託売買枚数の超過に係る調書」には、原告は商品取引の仕組み等についてよく理解できており、外国為替や世界情勢の知識も備えていること、固定資産及び預金有価証券として三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円相当の資産を持っていること、判断力、決断力も優れている旨の記載がなされている。

(原告本人尋問の結果、証人Cの証言、甲第七、第八号証、第一二一号証、乙第一二号証、第一五号証の一、第一九号証の一)

5  同年五月三〇日、白金相場が下がるかもしれないという情報を得た被告Y1は原告に電話し、新たな売注文を出すことを勧めたが、買玉を仕切るようにとの勧めは全くしなかった。原告は、被告Y1の勧めに従い、同日付で白金一〇枚の新規売注文を出し、翌三一日付で同じく白金一〇枚の売注文を出している(このとき、同月三〇日付け及び同月三一日付けで、全く前同様の内容の「委託売買枚数の超過に係る調書」が作成されている。)。

なお、同月三一日付けの被告会社から原告宛の残高照会通知書において、委託証拠金が一二六万円のマイナスとなっている旨告げられており、原告は、同年六月三日に新たに委託証拠金一二六万円を支払っている。

(原告、被告Y1各本人尋問の結果、甲第九ないし第一二号証、第一二一号証、乙第一三号証、第一五号証の二、三、第一九号証の二、三)

6  同年六月四日、原告は訴外Cの勧めにより、白金二七枚の新規買注文を出すとともに、売玉二七枚を仕切り、さらに翌々日の六日にも、白金六枚の新規買注文を出すとともに、残りの売玉一三枚を仕切った。

原告は、その後同月一〇日から同月一三日まで、訴外Cの勧めに従って、別紙取引経過表番号31ないし番号57記載のとおりの注文を出すとともに、その間の同月一二日に金一九二万円(内一九〇万円は仙台銀行からのカードローンによって調達された。)の委託証拠金を支払っている。取引商品に新たに大豆が加えられている。

(なお、同月一〇日付け及び同月一二日付けで、ほぼ前同様の内容の「委託売買枚数の超過に係る調書」が作成されている。)

(原告本人尋問の結果、証人Cの証言、甲第一三ないし第一九号証、第一二一号証、第一三二号証の一、二、乙第一二号証、第一五号証の四、五、第一九号証の四、五)

7  同月一七日、原告は、訴外Cから、電話で、白金の新規買い入れを勧められたが、これを断った。しかしその後、再度の訴外Cからの電話で、白金七枚の新規買い入れがなされたことを知った原告は、手仕舞いを申し出た。しかるところ、その日の内に被告Y1が原告勤務先まで来て謝罪し、これからは店長である被告Y1が直々に見ていく旨説明したため、原告も右買い入れを了承し、委託証拠金四九万円を支払った。

その後原告は、訴外Cと被告Y1から勧誘を受け、同月一八日から同年七月二日まで、別紙取引経過表記載番号59ないし90のとおり取引を行い、委託証拠金合計八三〇万四七二二円(内二六三万四七二二円は原告所有の株式二〇〇〇株によるもの。)を支払っている。取引品目は白金、大豆の他に銀とゴムが加わるようになった。

この間、訴外Cと被告Y1とが、原告に対してそれぞれ異なる相場の見方を示したこともあった。

(なお、同月一八日付け、同月二四日付け、同月二六日付け及び同年七月二日付けで、ほぼ前同様の内容の「委託売買枚数の超過に係る調書」が作成されている。)

(原告、被告Y1各本人尋問の結果、証人Cの証言、甲第二〇ないし第三八号証、第一二一号証、乙第一二、第一三号証、第一五号証の六ないし九、第一九号証の六ないし九)

8  同年六月二八日付けの被告会社から原告宛の残高照会通知書において、委託証拠金が二一四万余円のマイナスとなっている旨告げられていたところ、同年七月四日ころには、被告会社から原告に対し、金七三八万四一四九円の追証拠金の請求がなされた。原告は、右証拠金を用意できる余裕がなかったため、建玉を増やして当面の追証拠金の支払いを免れる方法を選択し、同月八日にゴム三五枚の新規買玉を建て、同日と翌九日に合計金一四〇万円委託証拠金を支払った。

(原告、被告Y1各本人尋問の結果、証人Cの証言、甲第三四号証、第三九ないし第四一号証、第四三号証、第一二一号証、乙第一二、第一三号証)

9  その後も原告は、損害を回復しようと、訴外C及び被告Y1の指示に従い取引を続けた。取引品目は、白金、大豆、ゴムの他、大豆のオプション取引にも手を出すようになった。その後同年一〇月二五日の最終取引までの取引の経過は別紙取引経過表番号91ないし170記載のとおりであった。

この間、原告から被告会社に対し、同年一〇月八日までに委託証拠金合計一五四八万円が支払われた。しかし、右金員の大部分は、知人やいわゆるサラ金等からの借り入れによるものであった。

しかるに、同年一〇月九日付けで七六三万八一二四円もの不足証拠金の支払い請求が被告会社から原告に対してなされ、窮した原告は、これ以上払えない旨被告Y1に告げたところ、同被告はなおも取引継続による損害回復を勧めつつも、以後は同日付けゴム二五枚の新規買玉(番号146)を最後に、仕切処分のみがなされるようになった。原告は、資金的にも、精神的にも追いつめられ、同月二〇日ころ、内緒で先物取引を行っていた旨を父及び妻に伝えた。原告の父から直ちに取引を終了させるように言われた原告は、被告Y1に手仕舞する旨伝えたが、同被告はこれに応じようとしなかったため、他の被告会社職員に強硬に手仕舞を申し入れ、同月二五日に至ってオプション取引を除くすべての取引が仕切られ、手仕舞となった。原告前記オプション取引は、後記内容証明郵便が送達された平成四年一月九日になってようやく終了した。なお、右支払い請求後に原告が支払えた委託証拠金は同月一五日の金一万円のみであった。

(原告、被告Y1各本人尋問の結果、証人Cの証言、甲第四二号証、第四四ないし第一一一号証、第一二一号証、第一三三ないし第一三八号証の各一、二、第一三九ないし一五二号証、乙第九号証の一ないし三、第一二、第一三号証)

10  被告会社から原告に対しては、同年八月八日に金五〇〇万円が出金されていたところ、右手仕舞後は同年一一月一五日に金四七二万七二五八円が返還された。

その後、原告代理人が、平成四年一月八日付けで、被告会社宛に、損害金二〇六一万円余の賠償を求める内容証明郵便を差し出し、右郵便は翌九日被告会社に送達されたところ、被告会社では、同日、未だ手仕舞されていなかった前記オプション取引を手仕舞し、その返戻金三三万七二七八円を同月一四日に原告に送金した。これによって、原告と被告会社との取引関係はすべて終了した。

(甲第一一五号証、第一一六号証の一、二、乙第九号証の一ないし三)

三  請求原因3について

甲第一号証、第二号証、第一一七ないし第一二〇号証、第一二三、第一二四号証、第一二九、第一三〇号証、乙第一、第二号証、第五ないし第八号証、第一〇、第一一号証及び弁論の全趣旨を総合すると、原告主張のとおり、商品先物取引は極めて危険性の高い商取引であること、すなわち、商品先物取引は、現実売買と異なり、将来への見通しを必要とする投機であることをその本質としているところ、その価格変動要素は極めて多様であり、その価格変動に関する情報源も極めて多様であるうえ、得られた情報を的確に把握し分析するためには相当高度な知識と経験とを要し、さらに、予測は一時点のものでは足らず、常に継続してしなければならず、決して仕事の片手間でできるというものではないこと、商品先物取引においては、株式等と異なり、取り引きした商品を、一定の期限までに必ず処分しなければならず、転売、買い戻しが強制されるうえ、当該商品代金総額の一割程度の委託証拠金により大量の売買が可能であることから、相場変動は小さくとも、顧客の損得の変動は著しく、損失は委託した補償金の限度に制限されず拡大すること、以上のような商品先物取引の特殊性、危険性からすると、先物取引未経験の一般の消費者が片手間に商品先物取引に参加するのはおよそ不適切であり、参加適格者としては、先物取引の仕組み、危険性を十分理解判断できる知識能力があり、かつ、損失によって生活基盤を脅かされないだけの資力があることが最小限度必要であるといいうること、一般消費者は、すすんで商品先物取引に参加することはほとんどなく、大部分は自らの利益を追求する取引業者の商品取引員による勧誘によって参加させられること、このため、一般消費者の保護を目的とする、法令、規則あるいは取引業者団体が自主的に定めた様々な準則等が存在すること、他方で、取引業者は、取引委託を受けるごとに、委託者の損得に関わりなく、高率の委託手数料を徴収できること、以上の事実が認められる。

しかして、右のような事情に照らすと、取引業者としては、一般消費者を先物取引に参加させ、あるいは取引を継続させるときは、商品先物取引の危険性を十分認識せしめるとともに、その者が、先物取引に参加し、あるいは継続しうる適格者であるかどうかのチェックを厳格に行い、不適格者については自ら積極的に排除すべき義務があるというべきである。

四  請求原因4について

右の観点から、原告主張の違法事由について判断する。

1  勧誘行為における違法性について

(1)  無差別電話勧誘

指示事項において、「社会通念上、相手方の迷惑となる非常識な勧誘」が禁止されていること、及び協定においても同様の規定が存在することは当事者間に争いがない。

しかして、前記認定二の2及び3における訴外B及び被告Y1による電話での勧誘は、これだけをとらえて、「相手方の迷惑となる非常識な勧誘」であって違法であるとまですることはできないが、後記各事実と併せ考慮すると、被告会社の違法な勧誘行為の一部と認められるというべきである。

(2)  危険性の告知義務違反

原告本人尋問の結果及び甲一二一号証、乙第二号証によれば、訴外Bは、委託契約締結の際、受託契約準則、商品先物取引依託ガイドのあらましの説明をしたが、危険開示告知書については、読んでおくようにと言っただけで、声をあげて読み上げるというようなことはなかったこと、原告はこれまで投機的な商取引の経験は全くなく、財産としても三〇〇万円未満の定期性預金しかないことを最初から明らかにしていたこと、他方で訴外Bや被告Y1は、商品先物取引には危険性はあるものの絶対損はさせない等あたかも危険性よりも儲る可能性の方が高いかのような説明をしていること、以上の事実が認められるところ、前記認定のとおり、一般消費者にとっては、商品先物取引は、これにより利益を得るよりも損失を被る可能性の方がはるかに高いのであるから、その事実を十分に理解させない限り、危険性の告知があったとはいいがたいというべきであり、右認定の事実によれば、被告Y1や訴外Bにおいて、原告に対し、商品先物取引が危険性のあることについて一応の告知はなされているものの、その危険性は減殺されたものであって十分な告知であったとは認めがたいといわなければならない。

(3)  断定的判断の提供

原告及び被告Y1本人尋問の結果、証人Cの証言、甲一二一号証、乙第一二、第一三号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、訴外B及び被告Y1は、平成三年五月八日、九日ころ、原告に対し、電話にて、白金相場について、利益を生じることが確実であるかのように申し向けて原告に先物取引に参加するよう勧めたこと、その後も、原告が損失を被るたびに、被告Y1、訴外Cは、原告に対し、今度こそ損失を取り返すことができる旨繰り返し申し述べ、原告をして取引継続をせしめたこと、以上の事実が認められる。

しかして、被告Y1らが原告に対して申し述べた具体的文言まで確定することはできず、したがって断定的判断の提供があったとまでは認めがたいものの、右のように利益を生じることが確実であるかのように申し述べること自体、相手方の判断を誤らせる可能性の高いものであったと認められる。

(4)  受託契約締結前の書面の不交付

準則第三条が、契約締結に先立って、顧客に対し、準則を記載した書面等を交付すべきことを定めていることは当事者間に争いがない。

しかるところ、原告及び被告Y1各本人尋問の結果及び甲一二一号証、乙第一一号証、第一三号証によれば、被告Y1が電話により原告から取引を受託した後の時点において、訴外Bが原告のもとを訪れ、準則を記載した書面等を原告に交付していることが認められる。

2  売買にあたっての禁止事項違反について

(1)  建玉制限違反(新規委託者保護管理規定違反)

指示事項2(1)において原告指摘の定めがなされていること及び被告会社制定の受託業務管理規則が、新規受託者に対しては三ヶ月間の保護育成期間(習熟期間)をもうけ、この期間内は原則として二〇枚以下の建玉取引しかできない旨定めていること、被告会社担当員の勧めにより、原告が、最初の取引日(五月九日)に白金二〇枚の買建玉を行い、同月二〇日に白金二〇枚の売建玉を、さらに同月三〇日と三一日にそれぞれ白金各一〇枚ずつの売建玉を行ったことは当事者間に争いがない。さらに、前記認定の別紙取引経過表によれば、右五月二〇日から取引開始三ヶ月時点の同年八月八日までの間、二〇枚を越える取引が継続されていたことが認められ、被告Y1本人尋問の結果及び乙第一五号証の一ないし九、第一九号証の一ないし九によれば、右指示事項等には例外があり、一定の方式により総括責任者の許可があったときは、二〇枚を超えて受託できるものとされていること、原告との取引においては、九度に渡る限度枚数の更新ごとに、右許可がなされていることが認められる。

しかして、指示事項において前記の習熟期間の定めがなされているのは、前記認定のような先物取引の複雑性、危険性に鑑み、新しく先物取引を始めた顧客において、いつでも取引が止められるよう、あるいは知らないうちに外務員の勧誘により過大な取引に及ぶことがないようにとの顧客保護の考えに基づくものと解され、したがって右の規定の例外は厳格に運用されるべきであって、これに反する行為は違法性を帯びるものといわなければならない。

しかるところ、原告は、前記認定のとおり今回初めて先物取引に手を出した者であるにもかかわらず、被告Y1本人尋問の結果、乙第一五号証の一ないし九、第一九号証の一ないし九によれば、被告Y1及び訴外Bは、原告が三〇〇〇万円ないし四〇〇〇万円相当の固定資産及び預金・有価証券を有しているとの虚偽の調書を作成していること、総括責任者による審査は右被告Y1らの作成した調書を鵜呑みにするだけで、実質的な審査がなされた形跡は全くないこと、建玉予定(超過)枚数も取引開始後二ヶ月に満たない同年七月二日の時点で制限枚数の二〇倍の四〇〇枚にも達していること、以上の事実が認められ、右事実によれば、原告に対する被告会社の前記規定の例外認定はきわめてルーズであったといわざるをえず、実質的には習熟期間の定めは有名無実であったと認められる。

(2)  両建制限違反について

社団法人全国商品取引連合会発行の商品取引外務員に対する書籍(甲第一一九号証四七頁)において、「両建処理は、端的に言えば、ほぼ決定的となった損失額を後日に繰り越すに過ぎない消極的手段であって、局面の好転をはかることは至難に近いことであるから、未熟な委託者に対してとるべき方法ではなく、むしろ損失を軽微な段階で見切らせるように委託者を説得指導すべきである。」と指摘されていること、訴外Cが、原告に対し、同年五月二〇日の時点で、両建のアドバイスを行い、原告がこれに応じて両建取引をおこなったことは当事者間に争いがない。

しかして、証人Cの証言によれば、訴外Cが原告に対し取引開始後間もなくの時点で右両建のアドバイスを行ったのは、「安全のため」というのであるが、この時点でもし値下がりの不安が大きければ、原告指摘のようにいくらかの損を出しても仕切るよう勧めるのが訴外Cとして取るべき措置であり、両建の勧めは前記書籍の記載にも明らかに反する不適切な措置であったと認められる。

(3)  無意味な反復売買(ころがし)について

原告と被告会社との取引の経過が別紙取引経過表記載のとおりであることは当事者間に争いがなく(なお、被告Y1本人尋問の結果及び乙第九号証の一ないし三によれば、右経過表記載の取引以外に平成三年八月二一日付で米国産大豆先物オプション取引がなされている。)、甲第一二三号証によれば、指示事項2(1)において、委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な売買取引を勧めることが禁止されている事実を認めることができる。

しかして、右の取引の経過によると、原告は、被告Y1らの勧めにより、取引開始の平成三年五月九日からオプション取引を除き全ての取引を終了した同年一〇月二五日までの約五ヶ月半の間に、土曜、日曜等を除く取引日の二日に一回の割合に当たる四九日もの日に取引を繰り返しており(このうち、新規取引は、五月九日から一〇月九日までの五か月間に三八日繰り返されている。)、かつ延べ取引回数も約一六〇回に及んでいて著しく回数が多く、かつ、これによって原告が被告会社に支払うべき手数料総額は一〇九二万円余に上っているのであって、原告の収入、資産等が前記認定のとおりであったことに照らし、著しく多額であったと認められ、このような取引の経過は、全体として、被告Y1らの勧誘により、原告の利益を害する無意味な売買が繰り返された結果であると推認せざるを得ない。

(4)  無敷について

準則九条が、商品取引員が顧客から委託証拠金を預からないまま取引の委託を受けることを原則として禁止し、遅くとも翌営業日の正午までには預かることを義務づけていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、準則九条の定めは、第一義的には商品取引業者の経営基盤脆弱化を防ぐために商品取引員に対する義務として定められているものであって、これにより、結果的に、顧客に対しては、委託証拠金を出捐させることによって、常に自己の資金量との関係で取引のリスクを認識させる効果が期待できるとしても、あくまでも付随的な効果にすぎないというべきである。

したがって、原告において、原告に対する違法事由として無敷を主張することは、主張自体失当であると認められる。

(5)  無断売買について

訴外Cが、平成三年六月一七日に、原告の名前で銀の新規買玉七枚を注文したことは当事者間に争いがない。

証人Cの証言中には、右注文は原告の依頼に基づくものであるとの部分があるが、にわかに信用することができず、他に、右注文が原告の依頼に基づくものであったことを認めるに足りる証拠はない。

しかしながら、原告本人尋問の結果及び甲第一二一号証によれば、原告は、その日の内に右注文を了解して了承し、追認したものと認められる。

(6)  担当外務員の不必要な交代について

訴外Cが、六月四日に、それまでの白金売玉の手仕舞を勧める一方、白金二七枚の新規買玉を勧め、同月六日にも同じく白金六枚の買玉を勧め、その注文を受けていること、被告Y1は、同年一〇日、右六月四日の白金二七枚の内の二三枚の手仕舞及び新たに銀四一枚の買玉を勧め、その注文を受けていることは当事者間に争いがない。

しかしながら、右担当者の交替が、被告Y1において取引を拡大させるために故意に行ったものであるとの事実及び被告Y1は、原告と従前の担当者訴外Cとが接触しないように方策を講じていたとの事実については、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。

(7)  仕切拒否

原告本人尋問の結果及び甲第一二一号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、平成三年六月一七日、訴外Cが無断売買したことや委託証拠金が既に六〇〇万円近くになっていたこと等から取引継続に危険を感じるようになり、被告Y1に対して一旦は建玉全部の手仕舞を指示したが、同被告がこれに応ぜず、かえって取引継続による損害回復を主張したため、これに同意し取引を継続したこと、原告は、同月二五日、ゴムが値下がり傾向にあると指摘されていたことからゴムの取引を縮小したい旨訴外Cに申し向けたが、同人はこれに応ぜず、取引継続を主張したため、原告も結局これに同意したこと、原告は、同年九月一七日ころ、取引の縮小を考え、被告Y1及び訴外Cに対し、売玉と買玉が同数になるように買玉を手仕舞して減らすよう指示したが、被告Y1らはこれを拒否し、原告も結局被告Y1らの意見に同意したこと、原告は、同年一〇月二日、被告従業員訴外Dからゴムの売玉を増やすよう勧誘された際、これを断り、逆に買玉を仕切るように提案したのであるが、同人は、仕切った代金で直ちに売玉を建てる等して建玉数を維持するよう強く勧めるだけで、原告の申し出には応ぜず、原告も結局のところ、右丸屋の提案を受け入れ、一定数買玉を仕切るとともにより多数の売玉の新規注文を出したこと、原告は、同月二〇日、被告Y1に対し、建玉全部の手仕舞を指示したが、同被告がこれを拒否したため、これまで担当したことのない被告会社従業員に強硬に手仕舞を指示したところ、ようやく同月二五日頃までに大方の取引を手仕舞することができたこと、しかし、大豆オプション取引については、被告Y1は原告の請求にもかかわらず最後まで手仕舞をなさず、原告代理人から損害賠償を求める内容証明郵便が送達された平成四年一月九日になってようやくこれを手仕舞したこと、以上の事実が認められる。

3  まとめ

以上のとおりであって、原告主張の被告Y1らによる原告に対する勧誘行為等は、個々の行為のみを独立してとりあげれば、違法とは認めがたいもの(2(4)、2(6))や違法性の程度がさ程でないと思われるもの(1(1)、1(4)、2(5))も存在するが、全体として、先物取引経験のない原告をして言葉巧みに先物取引に参加させて短期間に取引を拡大させ、拡大する一方の損失を回復したいとの心理に乗じて、取引継続へと追い込み、ますます損失を拡大させるに至ったもので、前記三認定の観点及び前記二認定の本件取引の経過に照らすと、明らかに違法なものであったと認めるのが相当である。

五  請求原因5(不法行為責任)について

1  被告会社の責任

被告会社は、民法七一五条一項本文により、被告Y1、訴外B、訴外C等被告会社従業員の使用者として、不法行為責任を負っている。

2  被告Y1の責任

前記認定のとおり、被告Y1は、本件取引当時、被告会社仙台支店長の地位にあったものであり、仙台支店の責任者として訴外C、同Bの直接の上司であったと認められるから、被告Y1自身の勧誘行為等の違法行為について責任を負うことはもちろんのこと、部下であった訴外C、同Bらの仙台支店の営業員らの違法な勧誘行為等による損害についても、代理監督者として、責任を負っていると認められる。

六  請求原因7(損害)について

1  取引上の損失

前記認定のとおり、原告は、被告会社に対し、委託証拠金、委託追証拠金名下に、合計金三一三八万四七二二円を支払っているのに対し、原告が被告会社から返還を受けているのは金一〇〇六万四五三六円であるところ、右の差額金二一三二万〇一八六円は、原告が被告らとの間の取引行為により直接被った財産的損失であると認められる。

2  慰謝料

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件取引により莫大な損失を被ったことが判明したため、妻との離婚のやむなきに至り、多大な精神的苦痛を被っていることが認められ、右苦痛を慰謝するためには少なくとも金五〇万円の支払いをもって充てるのが相当であると認められる。

3  弁護士費用

以上認定の諸事実及び弁論の全趣旨を総合すると、本訴請求は、専門家である弁護士に依頼しなければなしえないものであり、本訴請求の特殊性、複雑性等に鑑みると、原告代理人に支払う弁護士費用のうちの金二五〇万円は、被告らの違法行為により生じた損害であると認められる。

4  合計

したがって、原告の合計損害額は金二四三二万〇一八六円と認める。

七  抗弁(過失相殺)について

前記認定のとおり、原告は、本件当時満二九歳で株式会社a工業の工場長という職にあった者であり、社会的にも経済的にも一応の経験能力を有していた者であること、訴外Bは原告に対し、取引開始前の時点において、会社案内等のパンフレットを交付し、併せて商品先物取引委託のガイド(甲第一号証)並びに受託契約準則及び危険開示告知書(乙第一一号証)を交付して、商品先物取引を初めて行う者が理解しておくべき事項の説明を行い、商品先物取引の危険性についての一応の告知がなされていることが認められ、さらに、その後取引が継続された理由の一つとして、原告において、損金の確定を免れ、挽回し、出来うれば利益を出したいとの欲求にかられた取引姿勢による面があったことは否定できないところであり、損害の発生及び拡大を招いた原因の一端には原告自身の過失があったことは明らかといわなければならない。

しかしながら、前記認定の被告らの違法事由等に照らすと、右のような事情をもって、前記の被告らの違法事由を超える原告自身の落ち度があったと認めることはできず、(被告ら主張の、原告の過失割合八割との主張は到底採用することができない。)その割合は四割とするのが相当である。

八  結論

したがって、被告らは原告に対し、前記金二四三二万〇一八六円の六割である金一四五九万円(一万円未満切捨て)の支払義務があると認められる。

(裁判官 大澤廣)

<以下省略>

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